史上最強!?「雷電為右衛門」の強さに迫る!

天下無双、史上最強などの枕詞が現在においても付きまとうのが、雷電こと雷電為衛門(らいでんためえもん)。現代においても最強力士の一人に数えられます。

当記事では、天下無双と称される雷電の圧倒的な強さに迫っていきたいと思います。雷電の驚愕エピソードなども詳しく解説しているので気になった方はどうぞ寄ってってください!

圧倒的勝率

史上最強ともいわれる雷電の強さは、彼の残した圧倒的な成績を見れば一目瞭然。

驚くなかれ、その生涯成績は幕内通算254勝10敗2分(14預5無)。勝率にして実に96.2%

先日引退したばかりの白鵬の幕内勝率が84%(幕内1093勝199敗)に相当するので、勝率だけみれば白鵬でさえ見劣りするほど。

さらに雷電は、優勝25回、全勝場所7回、場所9連覇、44連勝を記録するなどの輝かしい成績を残しており、彼が史上最強だという意見が出るのもうなずけます。

また、活躍した期間は、1790年11月場所に初めて関脇として番付に載ってから(最初の番付で関脇にのるのは異例)、1811年2月場所で引退するまでのおよそ20年。年齢にして23から45歳となるので、現在の目からみてもかなり息の長い規格外の力士だということが分かります。

抜群の体格

雷電といえば、身長197cm、172kgという素晴らしい体格の持ち主としても有名です。

まして、当時の江戸の平均身長が155cmほどと言われているので、現代の感覚からいえば2m越えは確実です!

実は雷電の手形が現存しており、やはり伝説通りの超ビッグサイズ!

また、雷電は幼少のころよりとにかく大きく、エピソードにもことかかせません。

例えば、大名行列との行き合わせに、引いていた馬が邪魔で道がよけられないために、馬を頭上に差し上げて通過したという話があれば、赤ん坊のときは、当時、母親が仕事のために彼にしばりつけていた石臼をおもちゃ同然に引きづっていたとか。もはや怪物。

また、雷電は単に怪力だったわけではなく、相撲その他に関する優れた直筆文記録書類が残されていたことからも文武両道だったというのがもっぱらの評判です。怪力かつ博識、完璧超人ここにあり!

強すぎて3つの技が禁じ手に!?

雷電は、そのあまりにも強すぎるがゆえに、張り手、閂(かんぬき)、鉄砲(現在の突っ張り)の3つが禁じ手とされたとの逸話が残されています。

というのも、それら3つの技を食らった力士のそのほとんどが怪我をしてしまういのが主な理由。

そんな3つの禁じ手が加えられても雷電が十分な成績を残したのは先の通り。どこまで事実ははっきりしないところもありますが、彼が如何に強かったのかを物語っています。

雷電賞も!?

1955年3月場所から1965年11月場所の10年間にかけて、関脇以下の最多勝力士(複数いた場合は番付上位力士に授与)には、「雷電賞」なる賞が設けられていました。賞の受賞者には、雷電の手形があしらわれた楯が贈呈されています。

これは、読売新聞社の雑誌『大相撲』および尾崎士郎の小説『雷電』の刊行に伴い制定されたものです。

既に廃止となった賞ですが、人名が賞になったのは雷電がそれだけ凄かった証拠と言えます。

総括

近年では白鵬、朝青龍、貴乃花、曙、大鵬らが最強力士に名を連ねますが、成績だけなら雷電は他を圧倒します。もちろん、実際に土俵に上がらない限りは、誰が強いのかなど到底測れるものではありません。が、それでも過去に今あげた力士たちにも勝るとも劣らない力士がいると思うと興味が尽きません。雷電が現代に蘇ったらどうアジャストか非常に見ものです。