貴景勝の父親は経営者!超スパルタな教育方針とは?父と子の絆の軌跡

貴景勝は、幼少の頃より父の厳しい指導の下で育っています。当記事では、そんな貴景勝の父親がどのような人物だったのかについて詳しく解説しています。気になった方はどうぞ寄ってってください!

芦屋出身の実業家

貴景勝の父親・佐藤一哉さんは、実業家と知られ、過去にカラオケや不動産業などを手掛け、最近は保育園経営にも乗り出したことで話題となりました。

また、住まいは高級住宅地と名高い兵庫県の芦屋市であることから、かなりのお金持ちだとみてまず間違いありません。

さらにいってしまえば、芦屋には六麓荘と呼ばれる地域があるのですが、ここは芦屋でも屈指のお金持ちが集う場所。住まいとする人は、江崎グリコ社長、B'zの稲葉、天童よしみといった早々たる顔ぶれです。そしてなんと一哉さんは、この六麓荘に住んでいるとか!まあ、あくまで噂ですが。

ただし!全く順風な人生を送ってきたかといえば必ずしもそうではなく、実は先のカラオケや不動産の事業も景気悪化ですでに手放しており、苦労も絶えなかったみたいです。どんな人にも人生山あり谷ありです!

ちなみに一哉さんは、元極真空手出身の空手家。空手の指導に携わったこともあり、スポーツに対する関心はかなり高いです。当然ながら、後述する貴景勝の教育方針にもかなりの影響を及ぼしています。

父親の超スパルタ教育

貴景勝が2017年に幕内初優勝を飾った際には、父である一哉さんもメディアによく出演していますが、その時貴景勝に施した超スパルタ教育が話題となりました。

一哉さんは、かねてより空手をやっていたこともあって、貴景勝に対するスポーツの熱の入れようは半端ではなく、徹底した英才教育を施します。

まず、小学2年までの間に、空手、水泳、サッカー、体操、柔道、相撲と6つのスポーツを掛け持ちさせてています。ちなみにこのとき貴景勝は、さらに塾を3つ掛け持ちしており、計9つの習い事をするという超ハードスケジュール。

ですが、これだとさすがに無理が祟るということで、最終的には母親が折れて塾に行くことはやめ、小学3年生には貴景勝に一番向いていると思われた相撲一本に絞ることになります。ただ、父と同じ空手で貴景勝は、全国で準決勝まで進出しているので、こちらも才能がなかったわけではありません。なんでも決勝の判定で納得いかなったことで、辞めたんだとか。

ただ、相撲一本に絞られたからといって楽になったかといえば全くそのようなことはありません!むしろここからが地獄の始まりともいえる、相撲の超英才教育の始まりだったのです。

食事がヤバい!

まずは、力士にとって最重重要ともいえる体重の増量を図ります。一哉さんは、貴景勝に1年で20㎏!太るように命じます。

その内容たるや、ジュースおよびスナック禁止で、毎日2Lを飲ませる、飲食店では牛丼特盛3杯、マクドナルドではLサイズポテト4個とメガマック4個、ハンバーグ定食3人前食べさせるなどなど、エピソードは事欠きません。

夕食では、そのあまりの量に貴景勝は3時間かけて食べるほどだったとか…。ただ、一哉さんは貴景勝が食べているときに、ずっと一緒にいて見守っていたみたいです。

ただ、このような苦労の甲斐あって、貴景勝は、小学3年は30㎏だったのに対し、小学六年の時点で90㎏もの増量に成功します。

そして中学生に進んだ後も、さらなる増量のため夕食1食だけで豚肉1㎏もの量を食べることもザラだったとか。

後に貴景勝が「中2でカップ麺を初めて食べた時、発泡スチロールの味で吐きそうになった」と語っていることからも、食事が徹底されていたことがよく分かります。

元々、貴景勝は食が細かったみたいなので、半ば強制的に増量させたみたいです。ただ、一哉さんは、「投げ出したら、指導をやめるつもりでした。ただ、やると言って頑張っている以上は、親が伸ばしてやらないといけませんからね」と語っていることからも、駄目ならすぐやめるようには思っていたみたいです。

また、貴景勝本人にも「信じてくれるのはオヤジしかおらんかった。オヤジがいなかったらちゃらんぽらんやった」と語っていることから、貴景勝自身も力士として臨んだ道ではあるみたいです。

親子ともども、相撲に対するものすごい執念を感じます。

稽古メニューがヤバい!

幼少のころより、ものすごい量の食事を課せられていた貴景勝ですが、力士として大成するためには、当然ながら厳しい稽古をこなさなければなりません。

そして、一哉さんは食事と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に厳しい稽古を貴景勝に指導します。

週4日一日3度の稽古に加え、休みの日は父ともにぶつかり稽古をこなします。稽古は毎日6時間にも及んだとか。

貴景勝は、屋外で気温38度のときでも、ぶつかり稽古を根を上げず50回こなすなど、根性は人一倍あったと後に一哉さんが語っています。

また、時には、四つ足方向の階段上り、後姿の坂ダッシュといった変わったメニューもこなしていたんだとか。

そして、特筆すべきは、この稽古には一哉さんが常に付きっきりだったこと。他にも片道2時間半を運転して、出稽古に送迎したりするなど、厳しい中にも息子の成功を願い決して見放さなかった親子と息子の絆が見て取れます。

貴乃花の大ファン!

実は一哉さんは、貴乃花の大ファン。それは自分の息子の貴景勝に「貴信」という名に“貴”を付けたことからも分かります。

さらにいえば、貴景勝が通った相撲教室も「貴乃花部屋キッズクラブ」。

貴景勝がその後に貴乃花部屋に入門するのも、ある意味で必然だったというわけです。

奥さんが超美人!

一哉さんを語るうえで、奥さんは絶対に外せません!

それというのも彼の妻・純子さんは、50過ぎとは思えない美貌の持ち主。筆者は、まじで貴景勝の母親なの!と思ったり。(笑)

もちろん、特に料理に関して、貴景勝を昔からバックアップしてきています。純子さんなしでも、貴景勝が力士として大成することはまずなかったでしょう。

貴景勝の母親については、別記事にて詳しく解説していますので、気になる方は以下記事をご覧ください。

記事:【大相撲】超美人!貴景勝の母親はかなりの教育ママだった!?

総括

貴景勝の大関昇進、幕内優勝は、まさに親子の執念。これほどのまでに凄まじい稽古をこなしているのは、恐怖すら感じます。彼の相撲としての素地は、間違いなく父親が築いたものといえます。